近々,ちょっとした古書ブームが来るような気がします.
「遊びの博物誌」,坂根巌夫(いつお)著,朝日新聞社,1977年(装丁・レイアウトは安野光雅).
不思議な図形,ゲーム,発明品,数理的な雑多な話題を朝日新聞に連載したものをまとめた本です.この中の一つに「無限音階」と題されたものがあります.
再生ボタンを押すと音が出ます(ご注意).
(引用:wikipedia英語版 "Shepard Tone")
再生ボタンが表示されない場合は,
このページにある再生ボタン(A Shepard–Risset glissandoと書いてある)を押してみてください
音程が下がり続けるように聞こえます.耳が捉えているある音が下がり切る前に,その1オクターブ上(あるいはもっと上)の音が降りてきて,耳が(というか,脳のフォーカスが)自動的にそちらを捉えるように移動するため,ずーっと降りているように聞こえてくるというものです.これを無限音階と称しています.英語では考案者の名前を取って,Shepard toneと言います.いま流れた音階(というか連続下行音)は,Rissetなる人の手によるものなので,wikipediaの英語版では
Shepard-Risset glissandoとなっています.
さて,上記の本では,当時アメリカで発売されたレコード "Endless Octave"を紹介しており,それは元々Shepardが考案したアイディアを実際に録音したものだと思います.A面がドレミファソラシド(上行音階)とドシラソファミレド(下行音階)でのもの,B面がそれらを連続的に変化させた(ちょうど今聴いたような)ものが収められています(レコードは未入手).
著者の坂根氏はこの無限音階の作成方法を種明かししています.要約して説明してみます.
たとえば,下行音階で作るには「ド」の音を13オクターブ分重ねて鳴らし,次に「シ」の音を13オクターブ分重ねて鳴らす,というのを繰り返すわけです.ちょうど,ながーい鍵盤をもつピアノがあるとして,それを13人が『
ダークダックス立ち』したまま同時に鍵盤を押し,左端の人は鍵盤が無くなったら右へ走って最高音の担当に代わる,という具合です.まあ13人も要りませんが.
酷い説明ですね.
人間の耳の可聴域はだいたい20ヘルツから20000ヘルツということで,その範囲外にある音は音としては聞こえません.13オクターブあればその範囲をカバーできるので,一番低くなった音が消えて,一番高くなって続いても耳は騙されているということになるわけです.レコードでは,一番下のド(実音C)はおよそ9ヘルツ,一番上のドは37100ヘルツが出る特殊なシンセサイザーを作って録音したようです(計算上は一番下が正しく9ヘルツならば一番上は36864ヘルツ).
実際にこれを88鍵のピアノでやろうとすると,さすがに13オクターブは出ないので(そのようなピアノ,全音域を使って弾いていると穿いているものが椅子で擦り切れるやもしれぬ),7オクターブで我慢するしかありません.もちろんこの全域7オクターブ+αは人間の耳に聞こえてしまうので入れ替わりがバレてしまいます.しかし低い音と高い音は鍵盤の端では弱く弾くという工夫をすれば,違和感なくできるかもしれません.音楽の授業でやってみてはどうでしょうか.
***
いろいろ調べてみると,この Endless Octave というレコードを作成・発売した会社が分かりました.
Paedia Corporationといいます.
作成の種明かしの文書(発売されたレコードに付属の解説文)もあり,坂根氏はその一部の写真も紹介しています.
付属文書の最後の方に,このレコードの応用として,「睡眠の導入に使える」みたいなことが書かれています.下行音階ならなんとか眠れるかもしれないですが,上行音階だと聴きながら寝たまま宙に浮くかもしれません.
***
可聴域は個人差があり,また年齢によっても変化します.それを調べるツールがiPhone,iPadにあります.その名も「
耳年齢チェック!」.無料なのでiPhone,iPadをお持ちでしたら一度お試しください.
やってみましたが,年相応に上の音は聴こえませんでした(悲).
余談ですが,数人のオーディオマニアの方が同じ機材を使って,ある同じ音(音楽)の評価をした場合,それぞれの可聴域が異なれば自ずと評価結果は変わるのですね(特に高音域の聴こえ方).だから自分が聴くためのオーディオの評価をしてもらおうと考えたとき,可聴域が自分と同じマニアの方をまず探してから評価をしてもらえばよいかもしれません.