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NSU小史

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車載トラックを借りて名古屋まで

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場所はいわゆるモリコロパーク


2011年5月22日に名古屋で行われたトヨタクラシックカーフェスティバルで「車博士賞」を貰ったのですが,そのとき審査をされたトヨタ博物館の方(その方が車博士)に「よくできています」と言われたパネルの中身を一部再構成して以下に書きます.

パネルというのは,今回持っていった車がNSUというマイナーなメーカーが作ったプリンツ4というこれまたマイナーな車両だったので,おそらく説明をしないと「ものすごく古いカローラ」と間違えられる懸念があったことから(いや冗談ですが),A1サイズのパネルの半分に「NSU小史」と題して説明書きを書いたのでした.

残りの半分には現車そのものの説明を書きましたが,それはまた後日.

***

NSUという,がんばったけどVWに買われてブランド名までもが消えてしまったメーカーの小史.

 まからおよそ130年前の1873年、ハインリッヒ・ストールとクリスチャン・シュミットにより建てられた工場で、ニットを織るための動力式織機の設計と製造が始まりました(豊田佐吉翁を思い出しますね)。
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【初期の工場】

・社名は会社・工場がある、ドイツ南部のNeckarsulm(ネッカーズルム)という地名にちなんでNSU(エヌエスウー)としましたが、この地名はそもそもその地を流れ合流する、Neckar川とSulm川から採られており、そこから N とSU を取り出し社名としたのでした。factory2.PNG
【NSUの2輪車生産工場】

・2人が作った織機は順調に売れ、技術力の高さを広く認知されるに至るのですが、若い2人は自転車、それから小さなエンジンを載せたバイクの製造に徐々へと軸足を移し、1892年にはそこがドイツで始めてのバイクの製造工場となります。もちろんバイクは性能に優れたもので人気があり、1901年には、最新設計でボールベアリングをきちんと用いた、とてもよく走るバイクを生み出していました。当時の1.5馬力エンジンはスイスのZebel社などからの輸入ユニットでした。

・1903年から独自にエンジンを設計・製造しはじめ、翌年には6種のモデルを製造するに至ります。また、その頃から彼らはレースにおいて好成績を収めることが、販売と技術の増進に繋がると考えていました。そして実際、何度も優秀な成績を収めました。
・1909年(日本では明治42年:伊藤博文が暗殺された年)にはなんとV型2気筒、およそ800ccのエンジンを作るほどに成長したのです。

 動車製造の風が南ドイツの田舎町にも本格的に吹き始めたのはこの頃からです。アメリカでは1908年にT型フォード(Ford Model T)が発売となりました。T型はその後およそ20年間に渡って、廉価かつ品質を維持したままの大量生産に成功し、1500万台以上生産された歴史的自動車です。
・一方、NSUの自動車用エンジンのバリエーションはすぐに1300ccから3600ccまでに至り、タクシーやトラックまで製造を手がけるようになりました。そして第一次世界大戦となり、いささか生産規模は縮小したものの、今度は軍用車両(2輪・4輪)を製造するようになります。

・そして戦争が終わり、また通常の2輪と4輪の製造に注力します。NSUのレースでの活躍は1923年からの4年間が特に目覚ましいものでした。余談ですが、現在のところAudi R8がフルアルミボディ(一部マグネシウム合金)で有名ですが(HONDAのNSXもですね)、いまから90年前に出た1923年の8/24というモデルは何とこのとき既にオールアルミボディなのでした!

・ところが無理が祟ったのか4輪部門は採算に問題を生じ、1928年に一旦イタリアのFIATに売却されてしまいます。1932年までの間、NSUの4輪はFIATの経営で生産されました。しかし1933年、NSUはアドルフ・ヒトラーの「国民車(Volkswagen)」構想からの要請によってフェルジナンド・ポルシェ博士が開発することとなった車のプロトタイプ、Porsche Typ32をその依頼により製作しました。その後、徐々に息を吹き返しオペル(社名の正式名称はアダム・オペル)の2輪車部門を買い取り、2輪車の生産と販売が再び伸びを見せはじめます。factory3.PNG
【ポルシェ博士とTyp32】

・ヒトラーの下でドイツは再び戦争(第二次世界大戦)に突入し、NSUは再度軍用車両の製造を担当します。(下の画像はケッテンクラート(Kettenkrad)と呼ばれる無限軌道バイクです。いまこのレストア車両を手に入れるには1000万円以上掛かります!)
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【ケッテンクラート】

・終戦後は、まず高性能2輪車で名を知られるようになります。Quick、Fox、Lambretta(イタリア、イノチェンティ社からの委託生産)などが大いにうけ、名車Maxが登場したのが1953年でした。かっこいいデザインと素晴らしいエンジンが特に評判でした。往時を知るバイクファンに言わせると、当時のBMWなどはNSUに比べると話にならなかったということです(贔屓目?)
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【NSU Max】

 NSUのエンジンの一つの特徴は、吸排気バルブの開閉をさせるための機構がOHVのようなプッシュロッドやOHCでのチェーンなどを通じた動力伝達ではなく、エキセントリックロッドによるOHC形式のカム駆動というもので、チェーンのようにテンションを調整する必要も、チェーンが伸び次第にバルブタイミングがずれるというようなことも原理的には起こらない、これは真に画期的なメカニズムをもつ空冷エンジンでした(ultramax systemの図解)。

・1950年代後半に4輪を再び生産し始めます。リアエンジン車のPrinz I と II です。エンジンはバイクのMaxのシリンダーを2つくっつけて作った598ccの20馬力というものです。またそのころ、フェリクス・ヴァンケル博士がNSUに来ており、ヴァンケルモーターとも言うべきロータリーエンジンの開発をしていました。

・さらに、1959年にそのボディをベルトーネがデザインしたSport Prinz(シュポルトプリンツ)という、リアにエンジンを背負ったクーペが登場します。生産はイタリアのトリノでのものでした。搭載エンジンは30馬力に高められ、これはPrinz IIIや後のPrinz 4という、Prinz IIの後継車種にも搭載されます。
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【シュポルトプリンツ】

 1963年についにヴァンケルモーターが陽の目を見ることになります。Sport Prinzのエンジンを1ローターのロータリーエンジンに換装したオープン2座RRオープンカー、Wankel Spider(ヴァンケルシュパイダー)の登場です。最高出力は50HP/5500回転となり、もともとの598ccのエンジンのおよそ2倍の高出力、かつ低振動のこれは、当時の人々をあっと言わせました。
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【ヴァンケルモーター】

・ところがやはり新技術はある程度の熟成の期間を要するもので、トラブルが頻発するエンジンともなってしまいました。1960年にこの技術を10年間契約することに対して、2億8千万円を投じて買ったマツダ(東洋工業)が、買った後で驚愕したように、特にアペックスシールについての完成度が全く不足していたのです。また、運転者もアクセルワークに注意を払わねばならない車なのでした。結局、このドイツ製の小粋な俊足オープンカーは2400台が生産されるにとどまりました。
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【ヴァンケルシュパイダー】

・同じ年1963年に、今回の展示車両Prinz 4が登場します。ボディのデザイナーは、後にAudiやBMWのいくつかのモデルのデザインを担当するクラウス・ルーテ(Claus Luthe)によるもので、なんとPrinz4の設計の最中に彼が幹部から見せられた、シボレー・コルベアにそっくりなのでした!(デザイン要素を敢えて取り入れたのでした)
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【シボレー・コルベア】

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【プリンツ4】

・日本車にもこのデザインは影響を与えました.ハチマキグロリアと呼ばれたグロリアは特に有名ですね.
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【グロリアスーパー6(プリンス・日産)】

・Prinz4の後継はレースで活躍します。Prinz 1000 TT、TTSといったソレックスキャブレタを積んだ1000cc空冷エンジン車はリアエンジン車ながらハンドリングにも優れ、ライバル車を追いかけ回すことができたのでした。
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【Prinz 1000 TT】

・この後、Ro80(通称ローエイティ)という、空力特性に優れた(Cd値は0.355!)ロータリーエンジン車が1967年に登場します。この頃からモータリゼーションの時代が進展し始め、より快適な、装備に優れたファミリーカーをうちの父さんも買うよ!というような、家庭における自動車文化も次第に発展することになります。しかしこの車もロータリーエンジンの難点から逃れることはできず短命となり、そしてこのことがNSUの経営に致命的なプレッシャーを与えることとなるのです。
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【Ro80】

・そのような中で、NSUはRo80と同時期の1969年にK70という水冷エンジンをフロントに載せたセダンを開発し(車名はKolbenのK(コルベン、ピストンの意味)と70馬力の意味から)、それをまさに発表しようとした直前に、VWがNSUを買う意思決定をします。またそれを遡ること5年前、1964年にAudiは既にVWに買われており、VWの中でNSUとAudiは統合されてしまいます(Audi NSU Autounion AGという会社)。VWは戦後から延々売れ続けるファミリーカーとしてのType1(いわゆるフォルクスワーゲンビートル)のイメージを、いわゆる、他社・他国でのファミリーカーのイメージに近いスタイルに転換するために、NSUのK70を手っ取り早く欲したのでした。車名、ブランド名としてのNSUの名前は1969年のフランクフルトショーの時点で車両のエンブレムから消え、この車はVW K70という名前で1975年まで生産されることになります(NSUが開発したのに!残念)。ただし、NSUという会社は現在も存在します(Audiの経営によるNSU Gmbh)。
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【VW K70】

・1977年にロータリーエンジン関係の研究開発は廃止となり、ヴァンケルプロジェクトは結局頓挫します。NSUの技術者たちはVW/AudiのGolf(ゴルフ)、Passart(パサート)の開発に注力します。そしてAudi 50が1974年に登場し、これはそれ以前に廃止となったNSUのPrinzシリーズの需要層を吸収するため、また翌1975年に登場予定のVW Poloのための販売予測のデータ集めのために市場に送られたものなのでした。これがPrinzの後継車種ということになります。
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【Audi 50】

して嗚呼、ついに1984年にNSUの名前はVW/Audiの経営戦略により、消滅することになります。しかし、いまでも彼の地ネッカーズルムの工場では、日本でも大きなシェアを持つようになったAudiのA2、A6、A8、そして見てびっくり、乗って割と普通のスーパーカーR8(義兄談)、さらにはLamborghini Gallardo(ガヤルド)などの生産を、かつてのNSUの工場を知っている地域の人たちやその子供・孫などが行っているのです。(終)


※この文書は、その原典をhttp://www.nsu.nu/history1.htmの“The History of NSU in my words”に取り、独自に抜粋、翻訳、補足、引用などをしたものです。

画像の出典はそれぞれ以下の通りです.
初期の工場,NSUの2輪車生産工場
http://www.nsu.nu/history1.htm
ポルシェ博士とTyp32
http://eronalves.wordpress.com/category/especial-de-sabado/
ケッテンクラート
http://www.kettenkrad.com/Kettenkrad.gif
NSU Max
https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_eee/dorflueren/nsu20max.jpg
シュポルトプリンツ
http://www.motor-talk.de/bilder/impressionen-aus-dem-audi-forum-neckarsulm-g83889/sport-prinz-i202757509.html
ヴァンケルモーター
http://images-mediawiki-sites.thefullwiki.org/07/8/1/4/8685033682596274.jpg
ヴァンケルシュパイダー
http://www.nsuclubjapan.com/100423/WANKEL.htm
シボレー・コルベア
http://www.drive.ru/images/chevrolet/chevrolet-corvair.jpg
プリンツ4
http://www.sunautoproject.com/saleresult/nsu1.jpg
グロリアスーパー6(プリンス・日産)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:PrinceGloria-super6.jpg
Prinz 1000 TT
http://sv.wikipedia.org/wiki/Fil:NSU_TT_am_1975-07-13_Willi_Bergmeister.jpg
Ro80
http://af.wikipedia.org/wiki/Lêer:NSU_Ro80_1975.jpg
VW K70
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Volkswagen_K70_Offenbach.JPG
Audi 50
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Audi_50.jpg

JUGEMテーマ:NSU



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