無限音階 (遊びの博物誌から)

近々,ちょっとした古書ブームが来るような気がします.

CIMG0643.JPG
「遊びの博物誌」,坂根巌夫(いつお)著,朝日新聞社,1977年(装丁・レイアウトは安野光雅).

不思議な図形,ゲーム,発明品,数理的な雑多な話題を朝日新聞に連載したものをまとめた本です.この中の一つに「無限音階」と題されたものがあります.

再生ボタンを押すと音が出ます(ご注意).



(引用:wikipedia英語版 "Shepard Tone")

再生ボタンが表示されない場合は,このページにある再生ボタン(A Shepard–Risset glissandoと書いてある)を押してみてください

音程が下がり続けるように聞こえます.耳が捉えているある音が下がり切る前に,その1オクターブ上(あるいはもっと上)の音が降りてきて,耳が(というか,脳のフォーカスが)自動的にそちらを捉えるように移動するため,ずーっと降りているように聞こえてくるというものです.これを無限音階と称しています.英語では考案者の名前を取って,Shepard toneと言います.いま流れた音階(というか連続下行音)は,Rissetなる人の手によるものなので,wikipediaの英語版では Shepard-Risset glissandoとなっています.

さて,上記の本では,当時アメリカで発売されたレコード "Endless Octave"を紹介しており,それは元々Shepardが考案したアイディアを実際に録音したものだと思います.A面がドレミファソラシド(上行音階)とドシラソファミレド(下行音階)でのもの,B面がそれらを連続的に変化させた(ちょうど今聴いたような)ものが収められています(レコードは未入手).

著者の坂根氏はこの無限音階の作成方法を種明かししています.要約して説明してみます.

たとえば,下行音階で作るには「ド」の音を13オクターブ分重ねて鳴らし,次に「シ」の音を13オクターブ分重ねて鳴らす,というのを繰り返すわけです.ちょうど,ながーい鍵盤をもつピアノがあるとして,それを13人が『ダークダックス立ち』したまま同時に鍵盤を押し,左端の人は鍵盤が無くなったら右へ走って最高音の担当に代わる,という具合です.まあ13人も要りませんが.

酷い説明ですね.

人間の耳の可聴域はだいたい20ヘルツから20000ヘルツということで,その範囲外にある音は音としては聞こえません.13オクターブあればその範囲をカバーできるので,一番低くなった音が消えて,一番高くなって続いても耳は騙されているということになるわけです.レコードでは,一番下のド(実音C)はおよそ9ヘルツ,一番上のドは37100ヘルツが出る特殊なシンセサイザーを作って録音したようです(計算上は一番下が正しく9ヘルツならば一番上は36864ヘルツ).

実際にこれを88鍵のピアノでやろうとすると,さすがに13オクターブは出ないので(そのようなピアノ,全音域を使って弾いていると穿いているものが椅子で擦り切れるやもしれぬ),7オクターブで我慢するしかありません.もちろんこの全域7オクターブ+αは人間の耳に聞こえてしまうので入れ替わりがバレてしまいます.しかし低い音と高い音は鍵盤の端では弱く弾くという工夫をすれば,違和感なくできるかもしれません.音楽の授業でやってみてはどうでしょうか.

***

いろいろ調べてみると,この Endless Octave というレコードを作成・発売した会社が分かりました.Paedia Corporationといいます.作成の種明かしの文書(発売されたレコードに付属の解説文)もあり,坂根氏はその一部の写真も紹介しています.

付属文書の最後の方に,このレコードの応用として,「睡眠の導入に使える」みたいなことが書かれています.下行音階ならなんとか眠れるかもしれないですが,上行音階だと聴きながら寝たまま宙に浮くかもしれません.

***

可聴域は個人差があり,また年齢によっても変化します.それを調べるツールがiPhone,iPadにあります.その名も「耳年齢チェック!」.無料なのでiPhone,iPadをお持ちでしたら一度お試しください.

やってみましたが,年相応に上の音は聴こえませんでした(悲).

余談ですが,数人のオーディオマニアの方が同じ機材を使って,ある同じ音(音楽)の評価をした場合,それぞれの可聴域が異なれば自ずと評価結果は変わるのですね(特に高音域の聴こえ方).だから自分が聴くためのオーディオの評価をしてもらおうと考えたとき,可聴域が自分と同じマニアの方をまず探してから評価をしてもらえばよいかもしれません.

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秘密の動物誌

ジョアン・フォンクベルタとペレ・フォルミゲーラによる,ペーター・アーマイゼンハウフェン博士の驚くべき動物誌の紹介.

日本語版は「秘密の動物誌(Fauna Secreta:ファウナセクレタ)」なんですけれども元々のタイトルは“Fauna”,つまりある時期やある場所における動物相を意味します(動物相とは一定の地域内に生息する動物の全種類のことです).日本語で出版されたのが1991年で監修者は荒俣宏.この名でこの本が普通の本ではないことが分かるというものです.

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表紙.なんだか足の生えた蛇のようなものの写真が写っています.これはアーマイゼンハウフェン博士が1941年にインド南部のタミル・ナドゥ州の落葉樹林において情報提供者の協力により発見し,捕獲した“足のある蛇”で,ソレノグリファ・ポリポディータ(Solenoglypha Polipodida:ダソククサリヘビ)と命名されました.「蛇足鎖蛇」です.荒俣宏監修が効いていますね.

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解剖図やら鳴き声の分析結果やら(蛇なのに鳴き声てあなた).

この本には摩訶不思議な秘密の動物が23種紹介されています.曰く,火を噴くワニ,空を飛び,ぼんやり光るゾウ,手と足が1本ずつ生えた2枚貝,毒をもつウサギ,一言では説明しづらいもの,その他大勢です.こともあろうにケンタウロスまで登場します.ああ下の写真.

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その名もケンタウロス・ネアンデルタレンシス(Centaurus Neandertalensis).
写真のキャプションは
上 ケンタウルスの手を調べる教授
下 友好のポーズ

・・・キミ..半分ぐらいヒヒですがな.

ケンタウロス

・・・うーむ (右のページに見える言葉は「アアル・ルとのコミュニケーションにいそしむケンタウロス」.アアル・ルという『凝ってる系アニメ』に出てきそうな名前の人物は博士をその生息地に案内した友人だそうです).

***

この本を知ったきっかけとなったのは大学院生の時で,当時どういうわけか書店で「芸術新潮」を立ち読みすることが多く,面白かった場合だけ買って帰るということをしていました.それで1990年に見つけて買ったのがこれ↓.要するに偽物,贋作の特集です.

fauna 003.png
(芸術新潮1990年7月号)

いいですねこの表紙の煽り.「大特集 万国贋作博覧会」ですよ.曰く「二〇世紀最大の偽書は何か?」,「日本が輸出した人魚の干物」やら「コナン・ドイルが騙された妖精写真」,これらは有名ですね.「ドイル,妖精写真」でgoogle検索すると出てきます.

さて,本文を見ると,「仰天!突然変異の動物たち(アメーゼンホーフェン博士の未発表資料発見される!?」,「フロイト博士の誤謬」,「一生を棒に振ったベリンガー教授」などなどなど盛りだくさんです.とりわけ院生の私の涙を誘ったのは(嘘ですが)ベリンガー教授は可哀相な教授で,以下のように説明が付けられています.

『贋作に欺かれたと言っても,ベリンガー教授ほど手酷い目にあった人はいまい.この高名なヴュルツブルク大学の医学教授は1726年,化石についての画期的な著作を発表する.化石がノアの洪水で滅んだ生物の遺骸だとか,神の悪戯であるとか信じられていた時代である.教授の著作には太陽の光の化石や,なんとヘブライ語のアルファベットの化石まで含まれていたのである.いま現物を見るといかにも作り物然としているが,教授は自らの“大発見”を信じた.ベリンガー教授自身の名前が刻まれた化石を手に取るまで・・・.以後,ベリンガー教授は著作を一冊ずつ買い戻すことに半生を費やし,貧困と怒りと屈辱にまみれて死んだ−というのが,“ベリンガー教授の嘘つき化石”の物語である.(以下略)』

一体誰がこの教授を騙したかというと,これが教授の名声を妬む二人の同僚だったということを示す裁判記録が1935年に発見されています.騙されてから200年後です.おちおち成仏していられません(判決に200年掛かったわけじゃありませんが).結局のところ,犯人とされた司書のエックハルトは事件の4年後に死亡,数学教授ロデリッヒはヴュルツブルク大学を出奔,あるいは追放されたらしいとのことです.うーむ.

***

話を元に戻したいのですが..戻さなくてもこの動物誌の意味はお分かりでしょう.手元にある「秘密の動物誌」は絶版となりましたが,筑摩文庫から再版されているようです.ただし,図版が小さくてお勧めできません.どうか古本屋さんや図書館で探すことをお勧めします(ここでアフィリエートか何かすればいいんでしょうね).

登場した古書:
「秘密の動物誌」Joan Fontcuberta and Pere Formiguera著 菅 啓次郎 訳 荒俣 宏 監修 1993年3月10日初版第8刷(ISBN 4-480-87154-3).wikipediaにも記述があります
「芸術新潮」 1990年7月号,新潮社.

おまけ アーマイゼンハウフェン博士のお姿
fauna 005.png
つーか..あなた本当は誰ですねん.

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トートの書

トートの書 アレイスター・クロウリー著 榊原宗秀訳 (国書刊行会 初版本第3刷1993年)
トートの書

アレイスター・クロウリーについてはwikipediaの記事もいいですがこちらの方も勧めます.
要は19世紀後半から20世紀半ばのオカルティスト・あるいは魔術師ですが一言では説明できそうにありません.

別ページの解説(このブログサイトは画像を貼ると勝手に縮小してしまい文字が読めなくなるので別ページに展開)

さてこの画像の本は「The book of Thoth」の翻訳版で,この装丁のものは古書でしかもう手に入りません.画像は箱をスキャンしたもので箱絵は見れば分かりますがH.R.ギーガーによるものです.実物は金文字なのですがスキャナで読むと黒字になってしまっています.

裏側
トートの書2



(つづく)


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天才

宮城音弥 著(1967年) 岩波新書 初版本
天才

著者は天才というものを定義するために,まずは天才とは呼べないものの例を挙げている.以下に少し引用する.

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マンジャノーレは,シシリアの羊飼いのムスコで教育をまったく受ける機会のなかったコドモであるが,偶然の機会に,独特の方法で,普通なら数学的知識を必要とするような問題を解き始めた.こうして1837年,10才4か月のとき,パリのアカデミーでテストを受けることになったのである.

まず,こんな質問が出された.
「3796416の3乗根は?」
30秒ほどで,この子は156と答えた.正答である.
「ある数の3乗に,その数の2乗の5倍を加えたものが,その数の42倍に40を加えたものになるような数はいくつか.」
これを式で表すと,
x^3+5x^2=42x+40またはx^3+5x^2-42x-40=0
となる(引用者注:a^bはaのb乗).1分たたぬうちに,その数は5だと答えた.これも正しかった.

第3の問題はx^5-4x-16779=0をとくのと同じ問題であった.
このときは,4分から5分たったが,答えられなかった.そして,しまいに,いくぶん,ためらいながら「3が答えではないでしょうか」と言った.そこで秘書が,まちっているというと,少し考えて,「7です」と言った.

最後に,282475249の10乗根をきかれて僅かの時間に,7と答えている.(どうして,このような計算ができたのか,という点について,アラゴ,コシその他の構成する委員会は,マンジャノーレのマネージャーたちが,彼の用いた計算法を秘密にしておいたことを非難する声明を発表している)
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宮城は,「このような特異な能力は,たんに特異であり,一般の水準を抜いていると言うだけで,人類文化に新しいものを少しも附け加えてはいない.価値を生み出していない.」と述べて,天才の定義付けを徐々に展開する.

難しいことはさておき,宮城の天才の類別のうち,「偏執性の天才」の中にコロンブスが登場する.アメリカ大陸を発見したコロンブスの所行についてはいわゆるパラノイア的な天才の症例とも読める.

☆コロンブス(---- は引用の開始と終了)

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彼はトスカネリのまちがった世界地図をがんこに信じきっていた.融通のきかぬ権力主義者であったし,地球の大きさ,天国のありか,世界の没落などについてのピエル・デリーの考えが彼には動かし得ない信条であった.
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大西洋を西進し,新大陸を発見するというプロジェクトのため,また2度の失敗の財政的損失を人間略奪と奴隷売買で補おうとしたとされる.コロンブスは奴隷商人でもあった.

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彼は妻子を見殺しにしながら,いささかも意に介しないし,一番最初に陸地を望見した哀れな水夫をあざむいたものだったが,それも女王から提供された賞金のためなのである.
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かくして船はある小島(バハマ諸島にある現ワットリング島)に到達した,コロンブスはそれをサン・サルバドル島と名付け占領し,名誉を得ることに成功する.

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名誉は自我肥大のコロンブスの熱望したものであったらしく,最初に大西洋の航海に出発したときの航海日誌にも「自分が」と第一人称で書いているうちに「提督は」と自分を第三人称で語り始める.
 ついに陸地を発見したが,これは彼にとって疑いもなく,インドであるから,原住民をインディオ人とよんだ.原住民にはいろいろと質問したが,自分の聞きたいことだけを聞いた.つまり,何も聞かなかった.
(略)
 原住民が何と説明しても勝手に翻訳した.原住民がカーミという所があるというと,「それが大汗国だ」と思い,キューバという大きな島があるというと,「それはキンサイだ」と解釈した.
 原住民が石塊をもってくると,「たしかに金だ,それがとれる場所を知りたい」といったのだが,「提督が海岸に行ったら,黄金でおおわれた多数の石がさんぜんと輝いていた」と日誌に書いた.
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宮城はコロンブスを「はっきりした誤りを信じた天才」としているが,ランゲーアイヒバウム(天才について研究した精神医学者)によるとコロンブスは天才ではないとし

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インドかパレスチナに着くつもりで出帆し,ある海岸にゆきついた.起こったのはそれだけで,それ以外,何も起こらなかった.これがコロンブスの『創造的天才』の楽屋裏だ.
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と書いている.宮城はこれに対し,

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後述するマイヤーのように,ジャバで船員の静脈血が黒みがかっていなかったというので,熱の変化によるとして,熱の仕事当量(熱エネルギーに相当する仕事の量)からエネルギー保存の法則に到達したというのも,コロンブスの明瞭な誤りとそうちがいがあるものではない.そもそも,天才は新しい思想を提唱するのであって,最初から証明を含んでいないのがふつうであるし,誤解か妄想か心理か,はっきりしないことが多いのである.
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と書いている.結局,アメリカ大陸の発見は合理的判断によれば尻込みするような事柄に対して彼の偏執的性格が強力な蒸気機関となって彼を押した結果となったものと読める.

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異常性格若しくは精神病質をもつ天才の例としてボードレールヴェルレーヌを挙げる.

前者は悪の華で有名,後者はなんと言っても秋の歌.まずボードレールのエピソードについて,少々長いが引用をする.
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彼は,わざと変わった風采をした.ネクタイもぜず,開襟で頭をそって豪華なレストランにゆき,からだを緑色にぬり,トカゲをかい,何の理由もなく店のショーウィンドーにものをなげつけた.彼は自分でその奇行の例を語っている.
「目をさましたら,陰鬱で,悲しく,だるくて何か発散したい衝動を感じた.マドをひらくと街にガラス屋がいるのが見えた.登ってこいと合図をしたが,考えてみると部屋は七階で階段は狭いし,その男が登ってくるのは楽ではないのだが,これには,いくらか,おもしろさがないわけではなかった.
 ガラス屋が姿を現す.そのもっているガラスをいちいち綿密にしらべる.なんだ,色ガラスも持っていないじゃないか.バラ色,赤,青のガラスは変りガラスを.図々しいがやつだな君は.貧乏人の街を歩き回って,生活を美しく見せるガラスを持たないなんて.ボクは階段の方へ彼を突き出したが,彼はブツブツいいながらつまずいた.ボクはバルコニーに近づく.小さい花ビンを手につかみ,ガラス屋が戸口を出ようとしたとき,その兵器を垂直に,肩の荷物のウシロのふちに落下させる.ショックで彼はひっくりかえり,もちまわっていたガラスを下敷きにして,こなごなに,こわしてしまった.気狂いのようになってボクは激しく叫ぶ.生活を美しく,生活を美しく.」
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ヴェルレーヌ
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十二,三歳から強い性的欲求にとらえられた.詩才はとくべつにすぐれていて,十四歳のときに最初の詩を,当時亡命中のヴィクトル・ユゴーに送っている.
十七歳から大酒をのみ,のちには麻薬をも用いた.アルコールの勢いで(せん妄状態とみなす人もいる)母のクビをしめて「金(かね)」と叫んだが,そのあとは,ぽかんとして睡眠状態におちいっている.
 二十六歳で結婚したが,翌年には,もう夫婦仲が悪くなり,妻に乱暴を働いた.少年ランボーを同性愛の相手としたが,翌々年のある晩,病気の妻のために医者を呼びに行くといって出て,そのまま妻も医者も忘れて,ランボーとつれ立って放浪に出かけてしまった.ロンドンでランボーをおいてベルギーにゆくが,数日後になると,このランボーとの別離を悲しんだ.
 1873年,ベルギーでランボーと再会したとき,ランボーが彼から離れようとしたのでピストルで彼をうってキズつけ,二年間の刑務所生活をした.『言葉なき恋歌』はこの間に公にしたものである.
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ここに登場した詩人アルテュール・ランボーについても宮城はその異常性を書いており大変おもしろいが,長くなるので省略する.

このほかに詩人バイロンに関する記述も興味深い.彼について宮城は,彼の家系にいわゆる「異常者」が多くいたことを指摘している.ちなみに父親は「気狂いジャック」と呼ばれていたそうである.

なお,本書には登場しないがバイロンの一人娘であるエイダ・ラブレスは一転して数学の才能に優れ,バベジの機械式計算機である解析機関(analytical engine)を理解しそのプログラムを書いたことで「世界初のプログラマ」と呼ばれた(実際はすこし違い,バベジがプログラムを書き,エイダはその中のバグを指摘したとされる).

ボーイング777などに使われる高信頼性プログラミング言語のAda(エイダ)は彼女の名を冠したものになっている.

さらにちなみに,この頃日本は天保年間であって,天保の大飢饉が起こったり,お伊勢参りが流行したり,水戸の偕楽園が出来たごろの話である(将軍は徳川家慶).


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江戸庶民風俗図絵

三谷一馬 著(1975年) 三樹書房煮売り酒屋
(煮売り酒屋)

この本の前の持ち主はおそらく岐阜の人形職人の会社と思われます.本はタイトル通りに江戸風俗を書き残したもので400枚以上の図版からなります.2重の箱入りで大変立派な装丁.もともとのお値段は20000円という,これは江戸風俗を調べるための辞書のようにして使う本でしょう.京都の古書店で数千円で買えました(中公新書から文庫本が出ていますが,こちらはおすすめできません).

煮売屋
(煮売屋) 右の看板は「おすいもの 御煮魚 さしみ なべやき」

この2つの絵の説明については,リンク先を見て頂いた方がよいでしょう(居酒屋ができるまで).

いろいろ勉強になります.リンク先にも書いてありますが,このような店の様子に犬が必ず描かれているところが面白い.

なお,余談ですが「魚」の字は本来,「うお」と読むのが普通で,これを現在「さかな」とも読むのは,もともと酒のアテ(つまみ)全般を酒の肴(さかな)と呼んでおり,果たして魚(うお)が酒の肴にぴったりなものだったことから,この「魚」をさかなとも読むようになったとの意見があるようです.生きているものを「うお」と言い,食卓に上ったものを「さかな」と言うわけです.

↓「尻掛酒屋」 カップルがモメている いやこれは一方的な展開
尻掛酒屋

↓「寝間」 どうしておじさんが殺されそうなのか
寝間
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音楽の基礎

 
音楽の基礎 岩波書店(1971年) まだ売られています 芥川也寸志
音楽の基礎
著者は芥川龍之介の三男.

音楽の理論に入る前に,「音楽の素材」なる第一章を設け,その要素と
して次の2つのものについて芥川は書いている.

1.静寂
2.音

冒頭まず彼は「音楽が存在するためには,ある程度の静かな環境を必要と
する」と書き始め,音楽の素材としての静寂について述べている.すこし長い
けれど最後の部分を抜き書くと,曰く

 すべての音は,発せられた瞬間から,音の種類によってさまざまな経過を
たどりはしても,静寂へと向う性質をもっている.川のせせらぎや,潮騒の
ような連続性の音であっても,その響きはただちに減衰する音の集団である.
音は,終局的に静寂には克つことができない.

 また一つの交響曲を聞くとき,その演奏が完結したときに,はじめて
聞き手はこの交響曲の全体像を画くことができる.音楽の鑑賞にとって
決定的に重要な時間は,演奏が終わった瞬間,つまり最初の静寂が
訪れたときである.したがって音楽作品の価値もまた,静寂の手の中に
ゆだねられることになる.現代の演奏会が多分にショー化されたからとは
いえ,鑑賞者にとって決定的に重要なこの瞬間が,演奏の終了をまたない
拍手や歓声などでさえぎられることが多いのは,まことに不幸な習慣と
いわざるをえない.

静寂は,これらの意味において音楽の基礎である.

とこの節を結んでいる.

***

彼の作である「交響管弦楽のための音楽」のオケスコアを吹奏楽向けに
編曲したものを高校2年の吹奏楽コンクールで演奏するために,
芥川也寸志氏に手紙を書き,編曲・演奏の許可をもらって練習した
ことを思い出します.おそらく吹奏楽としては日本初演だったのでは
ないかと思っています(編曲・許可申請を行ったのはもちろん指揮の
先生ですが).たしか後日録音したテープも送ったような気がする..

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地名語源辞典

地名語源辞典 山中襄太著 校倉書房 1968年初版本(458ページ)
地名語源辞典 
著者は多くの語源辞典を残した人です.この本は地名の由来を調べたもので,序論(辞典なのに序論が12ページもある)には,どうして地名が読みにくく,また如何にその由来を辿るのが困難であるかなどについて書いてあります.

一つ挙げれば,「奈良期の初め元明天皇の和銅6年に,地名はなるべく感じのよい字を使うように,そして一字・三字などの地名はみな二字にするようにとの朝廷の命令が出たので,地名を意味には関係なく,感じのよい字に改め,無理に二字にしたので,難しい読み方や当て字の地名が極めて多くなった.そういうわけで日本の地名は,命名の由来が複雑であり,文字の用法が無理なので,読み方・書き方もむつかしく,その意味・語源・来歴がわかりにくい.すなわち,むつかしい原因は主として漢字にある」と述べています.

また,地名は誤写・誤読などが起こりやすいとも言っており,これの例は
菊池 > 菊地
二荒(ふたら) > (にこう) > 日光
枚聞(ひらきき) > 開聞(ひらきき) > (かいもん) > 開門 > 海門
などがあるとのことです.(枚聞神社(ひらきき−)というのが鹿児島県指宿市にあり,後ろにそびえている山が開聞岳(かいもんだけ).またこの神社の別名が「おかいもんさま」.)

さらに,「書いてある字を読まなかったり,書いてない字を読んだりする場合があるのが,地名難解の一因である.」として,

「上毛野の毛を略して上野と書いて,読むときには略した字を読んで,書いてある野の字を読まないで,もとカミツケヌ(上毛野)と読んだのをカミツケ>カウツケ>コウヅケと読む」

こうした難解さの分析が,序論に10項目ほど並んでいて,ついでにもう一つ紹介すると,「逆語順の地名であることに気づかぬ点が,地名難解の一因である.逆語順とは修飾する語が,される語の後に来る語順で,たとえば,ヒ・シオ(干潮)というべきをシオ・ヒといったり,ホシ・ウメ(干梅)をウメ・ボシ,ナル・カミ(鳴神)をカミ・ナリ(雷)といったりする類.これは南方語に多い語順で(フランス語などもそうである),日本語に南方的要素が深く潜在している例証の一つとされている.地名の中にも,この逆語順のものがかなりある.たとえば天橋立は天立橋(あまのたてはし),横浜は浜横,横須賀は須賀横の意だという.こういう逆語順の地名であることに気づかないために,その地名の意味を解し得なかったり,誤解したりすることがしばしばある」

とのことです.ああ面白い.するてぇと六本木はギロッポンで良いような気になる.


落語事典



増補 落語事典 東大落語会編 青蛙房刊 昭和48年9月
京都の吉岡書店にて数年前に購入(通販)
落語事典

現在高座に掛けられる古典と言われるものはすべて収録されているのではないかと思われる.
ただ収録と言っても,噺の梗概(あらまし)とその解説,判明しているものについては噺の原話者あるいは作者,得意とした演者などが記載されたもので,大変参考になる(なんの参考か).その総数がざっと千二百六十編.

↓出版社のシンボルに発行者の印
青蛙

当時の東大落語会のメンバーによって落語事典を一から作り直すということを人海戦術で行ったと,あとがきにある.曰く,「在京20名のメンバーで世に出ている落語の速記本を片端から見て,落語の題名を書き出した.これを整理して五十音順に並べ,一つ一つの題名を検討した.題名はちがっても,内容の同じ落語が意外と多いのに驚かされたが..」とある.結果,一年あまりでおよそ600の噺が選択され,梗概が書き起こされたということらしい.

協力した落語家の名前もあり,三遊亭円生,林家正蔵,柳家小さん,三遊亭小園朝,三遊亭円之助,三遊亭円馬,桂米之助と..

落語への情熱の固まりのような本.

有名な古典落語として知られる噺の他に,バレ話(いわゆる下ネタ)も結構入っていて,江戸時代の古典落語の背景も伺えます.

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ちょっと探偵してみませんか

この本は古いですが,文庫本は絶版ではありません.
ちょっと探偵してみませんか
講談社の新書版 初版 昭和60年11月発行のもの.

岡嶋二人による超短編推理問題集.25話収録.
「?? はて・・・」としばらく考えるには格好のおはなし.

昭和60年発行なので携帯電話も登場しませんが,あまり違和感を感じないのは
小道具主体の話じゃないということかも.電車通勤のお供に文庫版を是非.

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二笑亭綺譚

式場隆三郎 著 昭森社 刊 初版本(1939年)
二笑亭綺譚表紙

二笑亭綺譚見開き

数年前に古本市にて偶然発見し,あるとは思っていなかったので即購入.本の内容は概ねwikipediaにあります.この単行本は「二笑亭綺譚」75ページとその後日談「二笑亭後日譚」,「狂人の繪」と続き,それぞれの写真が巻頭に40葉(二笑亭綺譚)と20葉(狂人の繪)付けられています.
さらに,この本を左から(つまり裏表紙から)開くと英語で説明された二笑亭綺譚"The Quaint House of NISHOTEI" by Bunsho Jugaku (1938)になっているという,二笑亭もユニークだけど本自体もユニークなものになってます.

二笑亭綺譚英文

ピントが合わん!

さて,目次を列挙しておきます(本来は旧字体・旧仮名遣い).

二笑亭綺譚      001  狂人の絵        089
 発端・電話事件   003   病的絵画の発生    092
 赤木城吉小伝    010   病的絵画の診断    096
 二笑亭由来     024   民族的特徴      100
 異様な外観     029   病的作品の種類    102
 不思議な間取    033   病型による特徴    105
 黒板に残された文字 039  狂人の絵 挿画解説   115
 節穴窓       042
 和洋合体風呂    045  跋 柳 宗悦      131
 九畳の家      047  二笑亭の建築 谷口吉郎 137
 登れぬ梯子     050
 遊離した厠     053  The quaint house of
 鉄板の目隠し    054   Nishotei(Bunsho Jugaku)
 土蔵裏の祠     054
 天秤堂       055  口絵
 使えぬ部屋     057   二笑亭建築細部  自1 至40
 巨大な擂木     058   狂人の絵        自I 至XX
 二笑亭主人語録   061
 診断        065
 芸術としての二笑亭 069
 生活の反省     072
二笑亭後日譚     077

※跋(ばつ)とはあとがきのこと.

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